Homma Museum of Art芸術・自然・歴史の融合/公益財団法人 本間美術館
コラム
藩主酒井侯の領地安堵を祝った巨大絵幕
学芸員:阿部 誠司
酒田の塞道絵幕
酒田では小正月に「塞道(さいどう)の幕見」という行事があり、歴史上の事件や説話をもとにした絵幕が、通り沿いの塀や特設の小屋に飾られました。
昭和12年の調査によると、市内には文化文政年間から明治期につくられた絵幕が24点あったようです。
しかし、酒田大火以前の調査ですので、現在はもっと少ない数字になっているでしょう。
小正月とは、1月15日前後にある年中行事です。
祭壇をつくり神を祀り、門松をたて餅を飾り、
雪中田植えや鳥追いなどを行って、子孫繁栄や農作物の豊穣を祈願します。
塞道絵幕(大壽和里大祭事)-酒井侯御安堵祝宴- ※酒田市立資料館寄託
画師:佐藤長吉・柿崎金蔵 染師:土門與三郎 制作年:天保後期
この巨大な絵幕(幅9.7m)は、「三方領地替え」が中止となり、庄内安堵の知らせに士民が「お据りおすわり」と歓喜して、10日間にわたる大祝宴が張られた様子を描いています。
「三方領地替え」とは、天保11年(1840)に幕府が庄内藩主・酒井忠器を越後長岡に、武蔵国川越の松平氏を庄内に、越後国の牧野氏を川越に転封を命じたもので、藩の大事件でした。
領民は「百姓だりとも二君に仕へず」「居成(ゐなり)大明神」などの幟を立て、嘆願・直訴の一大阻止運動を起こし、翌年に転封中止を達成します。
絵幕には、本間家本邸を背景とする内町の賑わいを中心に、左には日和山や港周辺の景色が描かれています。
幕の中心に見えるのぼりには「大壽和里大祭事(おすわりたいさいじ)」と書かれており、
スイカが熟すことを“すわる”という方言に洒落て、店頭ではスイカの大盤振る舞いが見えます。
その他、町民の生活や芸事が細かく描かれ、当時の酒田の風俗や文化が伺われます。
では、絵幕の細部を見ていきましょう。
中心の祭壇とのぼり
祭壇の両脇にあるのぼりには「大壽和里大祭事(おすわりたいさいじ)」と書かれ、
その下の朱印には「目出度」「大叶」と記されています。
これは、藩主がこれまで通り庄内領に居座ることの喜びを表しています。
スイカの振舞い
スイカが熟すことを“すわる”という方言に洒落て、店頭ではスイカの大盤振る舞いが見られます。
小正月は冬ですが、夏の物産も多く見られるのも特徴的です。
立札に書かれた文字
「おなさけごめん」と読むのでしょうか。領地替えの中止に対する幕府への敬意かもしれません。
本間家本邸
酒田のシンボル的建造物だった本間家本邸も描かれています。
大きな門と、瓦屋根と漆喰と黒板の塀が印象的な大きなお屋敷ですね。
日和山と酒田港
酒田を代表する景勝地。北前船をはじめとする多くの船が見られます。
願人踊り
これは「願人踊り」と呼ばれ、田植え祭りで踊る住吉踊りがもとになっています。
巡礼の人々
六十六部衆:法華経を納めに、全国66ヵ所の霊場を行脚する人です。
魚売り・野菜売り
鯛を運ぶ人たち
お祝いの鯛を運ぶ人たちが、町のあちらこちらに見られます。
屋根
下地にカヤとムシロを敷き、その上に土を盛り、杉皮をふいた上に直径15cmほどの石を敷きつめています。
赤茶で描かれたものは赤瓦をふいた屋根です。
火事が多かったため、藩では瓦屋根を奨励しましたが、
この頃は北前船で運ばれてくる越前赤瓦が主流で、高価なために酒田では普及しなかったようです。
この他、酒屋や蠟燭屋、小間物屋の繁盛ぶりが見えたり、現在も町を見守る寺社が描かれるなど
酒田のすべてを詰め込んだような、大迫力の絵幕です。
また、幕と棒をつなぐ輪の部分には、古来からつづく魔よけの意匠(五芒星や九字など)が見られ、
塞道絵幕は大衆の娯楽でありながらも、根底にある信仰の心を感じることができます。
※本間美術館・酒田市立資料館合同企画「絵と写真でつづる酒田」展(2017.11.23~12.23)で展示。
2017.12.09
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